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「Le chant du cygne noir」
黒鳥の歌

その日、歴史が動いた(嘘)~1919年?2015年?4月9日in松江~

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企画ものです。ただし、エイプリルフール企画ではありません。
約一万字ありますが、途中で切れなかったので、このまま掲載します。長いです。
ちなみに、メイキング記事はこちらになります。


 ヴィトールド=ザレスキーは、ドアを開けたとたん、目の前に広がった風景を見て驚いた。
 湖である。しかし、レマン湖ではなかった。見慣れない風景に、彼は一瞬硬直した。
 驚いていると、足下で何かが動いた。
 雑種の茶色い小型犬である。その顔は、どこからどう見てもセント=バーナードだ。こんな小さなセント=バーナードなんて見たことがない。しかも、足の長さに対して胴が長い。その胴体だって、20㎝はなさそうだ。子どもが持つような熊のぬいぐるみを思わせるような、茶色の堅い毛並みをしている。その犬は、ぬいぐるみでない証拠に、彼を見上げて、ワン、と鳴いた。そして、くるっと方向転換して、道路の方にかけだした。
 道路?
 車にしては変な形のものがいっぱい走っている。それも、かなりのスピードだ。それなのに、犬は道路を横切ろうとしていた。
 ヴィトールドは、とっさに、走り出した犬を追いかけた。そして、すんでのところではねられるところだった犬をさっと抱えて道路を横断した。
 その様子を見ていた三人の男たちが、ヴィトールドに駆け寄り、何か言った。しかし、何を言われているのか、ヴィトールドにはわからなかった。
 そのとき、一人の少女が駆け寄ってきて、ヴィトールドに何か話しかけた。犬を指さし、聞いたことがない言葉で話している。
 ヴィトールドはぱっと笑顔になり、「あなたが、この犬の飼い主なんですね?」と言いながら、抱いていた犬を少女に渡した。
 少女は、悲鳴のような声を上げ、犬を受け取った。しかし、その表情はうれしそうだ。ヴィトールドは、不思議そうに少女を見た。
 相変わらず、何を言っているかわからない。それでも、かの女が<スティーヴ>と言っているのは聞き取れた。それで、試しに英語で声をかけてみた。
「英語が話せるのですか? ここはどこですか?」
 少女は、奇妙な顔をした。そして、何か言いながら、彼らを案内するような身振りをした。
 男たちが動き出したので、ヴィトールドも彼らの後を追った。
 彼らの後ろで、そこに集まってきていた何人かの群衆が手を叩いていた。


 ドアを開けると、食べ物のにおいがした。においをかぐ限り、知っている食べ物はなさそうだ。
 男たちは、ヴィトールドと同じテーブルに着き、少女に何か言った。まもなく、彼らのテーブルにはビールのジョッキが運ばれてきた。運んできたのは、どこかエキゾチックな青年だった。ヴィトールドはその青年を見上げ、どこかで会ったことがあるような錯覚に陥った。ヴィトールドは、ビールを断った。すると、彼の前には、水の入ったコップが差し出された。
 そういえば、のどが渇いた。ヴィトールドは、ぐっとコップの中身を飲み干した。何だ、この水は?
「おっ? いけるクチだねぇ」男の一人が、ヴィトールドに向かってそう言った。
「ほんっと、飲みっぷりがいいねぇ」もう一人が言った。
 ヴィトールドは、急に男たちが意味のある言葉を話したので驚いた。青年が二つ目のコップを差し出したので、彼はそれも飲み干した。
「これは、水ではなかったんですか?」ヴィトールドが男たちに訊ねた。
「もちろん、水なんかじゃないですよ」給仕をした青年が答えた。
 少女は青ざめ、おろおろしながら店の主人に言った。「父さん、この人にいったい何を出したの? 水じゃなかったの?」
 店の主人は、カウンター越しに言った。「何度言ったらわかるんだ。<父さん>じゃなく<パパ>と呼びなさい、と。倒産だなんて、縁起でもない」
「そういう問題じゃないわ。この人に、何を出したの?」少女は真っ青になっていた。
「不老不死の水」主人はにやりとして答えた。「日本酒だよ。昨日のおかしな客たちも、これを飲んだら、いきなりしゃべり出したじゃないか。だから、試しに、と思ってね・・・」
 そして、彼はカウンターから出てきて、ヴィトールドに言った。
「・・・もしかすると、あんたは、娘が大好きだというロックバンドのスティーヴさんでは?」
 女の子が好みそうな()固定結束紐ロックバンド、って、どんな紐だろう・・・? ヴィトールドはそう思った。
 店主の言葉に、全員が、ヴィトールドをじっと見つめた。
 なるほど、そう言われてみれば、イギリスのロックバンド<UK3>のベーシストのスティーヴにそっくりだ。だが、彼がお忍びで日本に来ているという話は聞かない。
「いや、違うな。どこか似ているけど、他人ですね」さっきの青年が答えた。「だいいち、兄なら、わたしを無視するなんてあり得ないし。まさかと思うけど、君、スティーヴ?」
「ぼくの名前は、ヴィトールドです」ヴィトールドが答えた。
 青年はビックリしたようにヴィトールドを見た。そして、口を開こうとしたとき、店主が笑い出した。
「ビット?」主人が聞き返した。「ノーノー。いまどき、ビットなんて古い古い。うちのハードディスクだって、テラバイト単位だというのに」
 ヴィトールドを除く全員が笑い出した。
「よし、決まった。これから、あんたのことは<テラ>と呼ぶことにしよう」主人は勝手にそう宣言した。「で、あんた、どこから来たの?」
「ローザンヌです」
「スイスの大都会よ」きょとんとした店主に、少女が言った。
 主人はむっとした顔に戻った。「スイスだと? ふん。またおかしなのを連れてきたな」
 そう言うと、彼はカウンターに戻っていった。
「父さんがスイス嫌いなのは知っているけど、この人は、宍道湖でカピを助けてくれたのよ。だから、お礼をしなきゃ」少女が言った。
「<パパ>だって言ったろ? だいたい、おまえは、宍道湖に行くたびに変なものを連れてくる」主人はまだむすっとしていた。「昨日は、変なポーランド人たちをひっぱってきた。品があるような顔をしていたが、わけがわからないことをいっぱいしゃべって、”松江城の夜桜を見に行く”と言い残して出て行った」
「ポーランド人?」ヴィトールドは、目を輝かせた。
 わけがわからない世界だが、この世界にはポーランド人は存在するらしい。彼が住んでいる世界にはポーランドという国は正式には存在しないが(注:第一次世界大戦後、ポーランドの独立が認められるのは1919年6月28日のことである)、ここには<ポーランド人>がいるらしい。ますますもって、よくわからなくなった。
 ヴィトールドは、隣に座っていた男性に、「今日は、何月何日ですか?」と聞いてみた。
「4月9日だよ」という答えが返ってきた。間違いない。
 しかし、壁にはおかしなカレンダーが掛けてある。
「・・・2015年?」ヴィトールドは目をぱちくりさせた。
「ああ。今日は2015年4月9日だ」男がそういったとき、彼の胸元で変な音がした。ヴィトールドが驚いてみていると、男は何か四角いものを出し、その箱を耳に当てて「もしもし?」と言った。
 2015年? ヴィトールドは混乱した。なんだそれ? 今日は、1919年4月9日だったはずだが?
 彼は混乱して男を見ていたが、男は一人で何かをしゃべり、しきりに頭を下げている。誰もいないのに。まったくおかしな人だ。
「・・・だいたい、その雑種犬も宍道湖で拾ってきたんだろう?」主人がまだぼやいている。
「この犬は、雑種犬じゃないの。<純血種満載犬>と呼んでちょうだい」少女が答え、男たちは笑い出した。「それに、この犬は拾ってきたんじゃないわ。引っ越すことになって犬を手放さなければならなくなった老婦人からいただいたものなのよ。この犬の父方の祖父は、セント=バーナードとシェパードのミックス犬、父方の祖母はゴールデン=レトリバーとラブラドール=レトリバーのミックス犬、母方の祖父はチワワとマルチーズのミックス犬、母方の祖母はミニチュア=ダックスフントとトイ=プードルのミックス犬なのよ」
 ドヤ顔で言い終えた少女の足下で、犬が同じ表情でおすわりをしていた。ヴィトールドには犬の種類はよくわからないが、確かにこんなおかしな犬は見たことがない。顔がセント=バーナード、胴体と短い足はダックスフント、体の大きさはチワワに違いない。だが、どのあたりがシェパードで、どこらへんがゴールデン=レトリバーなのだ? それ以外の犬種についてはよくわからないが。
 その二人の後ろに、大きな箱があった。ヴィトールドは、絵画だと思って気にとめなかったのだが、その絵は動いていることに気がついて、彼は驚いた顔をした。
 男の一人が、ヴィトールドの視線を追って、ワイドスクリーンのテレビ画面に視線を移した。
「そういえば、昨日、<半にゃライダー3>が松江にやってきたんだってね。あいかわらずの人気だよな。なんでも<半にゃライダー5>が、マンハッタンでロケが始まるとか、始まったとか、そんな噂だったな」
「ははは」もう一人が笑った。「それよりも、柳の下にドジョウがいるかどうか、だよな。どうだろう、今度は、この雑種犬を主人公にしてーーー」
「純血種満載犬」少女は言い直した。「無理無理。カピにはそんな芸当はできないわ。この子は、ちょっと訳ありの人を見つけることしかできないわ」そう言うと、かの女はヴィトールドに言った。
「わたしは、スティーヴの大ファンなの。でも、あなたは、彼を知らないようね」そう言って、少女はポケットから、さっきの男が出したのと同じような小さな四角い箱を出した。「見て。この人がスティーヴ。スマホの待ち受けにしてるんだけど、どう、イケメンでしょ?」
 そう言われて差し出された画面には、ヴィトールドと同年代の若者が写っていた。彼と同じようなブルーの目をしているその若者の髪型は、彼がこれまで見たことがないようなものだった。スマホだの待ち受けだのイケメンだのと、知らない単語が次々と出てきて、彼がなんと言おうか考えているうちに、画面は真っ黒になった。壊れたのだろうか? スマホとやらは、おかしな機械だ。
「うーん・・・なんだか、寝起きの頭みたいだな」ヴィトールドが苦笑したように言うと、主人がにやりとしてうなずいた。
「初めて意見が一致したな。今時の若いのは、こんなニワトリ頭が好きだと言うんだから、わからねぇよな。せめて、こいつが、あんたみたいにきちっとした髪型をしていたら・・・」
「・・・サラリーマンみたいでおかしいわ」レミが言い返した。
「サラリーマン、か。それ、いいね。普段は普通のサラリーマン。危機が迫ると、ぱっと変身して・・・」男が言った。「スタントマンとしてスカウトしようと思ったんだが、言われてみれば確かに主役級の顔だよな。ちょっと目立つ傷痕だが、特殊メイクで何とかなるだろう。この人と、あの雑種犬をセットにして・・・」
「純血種満載犬」レミが疲れたように言い直す。
 そのとき、電話を終えた方の男が言った。「半にゃライダーとスーパーマンを足したような話を作っても、いまどきの子どもに受けるとは思えないよ。そもそも、主人公は犬ではない。それよりも、スタントマンの話なんだがね」
 ヴィトールドはスタントマンとやらがどういうものかはわからなかったが、うなずいてみせた。
「本当に、動きが俊敏ですね。どこでトレーニングされているかわかりませんが、本当にいい動きですね」
「先の大戦では、大佐でしたから」ヴィトールドがいった。
 青年は、はっとしたようにヴィトールドを見つめた。
「先の大戦? 大佐?」ヴィトールドと話している男は、混乱したような顔になった。「・・・ああ、そんな映画の主役を務めたことがおありでしたか? 残念ながら、その映画をまだ拝見しておりませんでね。失礼ですが、映画のタイトルは?」
 ヴィトールドは答えようとして、大きなテレビの画面に視線が釘付けになった。なんと、猫がおかしな仮面をかぶって、何か言っている。『倍返し』って何だ? 『世界中の猫のあこがれ』ってどういうことだ?
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。わたしはレミっていうの。この子はカピ。そして、彼は、ジョリクール」
 ヴィトールドは、そこまで聞いて少女が冗談を言っているのだと気がついた。その青年は、どう見ても猿ではなかったからだ。
 青年は頭をかいた。「あなたと同じですよ。ここに来ると、勝手にあだ名をつけられてしまうんです」
 そして、彼はポーランド語に切り替えた。「あなたは、わたしの兄にそっくりなんですね。もしや、あなたもポーランドの方ですか?」
 東洋風の容貌を持つ青い目の青年がポーランド語で話しかけてきたので、ヴィトールドは驚いた。
「わたしは、レオン=コヴァルスキーと申します。父がポーランド系フランス人、母が日本人なんです。わたしは、二十歳の時に日本国籍を取り、正式に日本名を名乗るようになりました。日本名は、鍛冶麗音(かじれおん)と申します。コヴァルスキーは「鍛冶屋」という意味だからです。父は、ヴァイオリンとヴィオラを製作しています。日本に優れた()製作者マイスターがいると聞いて来日して、そこで、日本人女性と結婚して・・・。今では、両親は長野で暮らしています。父には、結婚前にイギリス人の恋人がいて、二人の間に生まれたのが<UK3>のスティーヴです。父親が同じでも、ぼくたち、あまり似ていないでしょう?」
 そう言うと、彼は日本語に切り替えた。
「内緒話をしているとレミに思われます。日本語で話しますね」麗音が言った。「わたしは、東京の大学生で、春休みでこっちに来ていました。休みが終わるので、東京に戻る前に一緒に花見でもしようと思って、誘いにきました。よかったら、あなたがたもご一緒しませんか? わたしたちが二人きりにならない方が、安心できますよね?」最後の方は、主人に向かっていった。
「そうだな、二人きりでないのなら、外出を許可しよう」主人がしぶしぶ答えた。
 目を丸くして聞いていたヴィトールドに、麗音が言った。
「もしかして、レミを中学生かなにかだと思っていませんよね? この子、童顔だけど、これでも大学生」
 レミはぷっと吹き出した。
「それでは」ヴィトールドはそう言い、ポケットから財布を取り出した。
 全員の視線が財布の中身に釘付けになった。
「・・・あなたは、古銭のコレクターなんですか?」麗音が訊ねた。「見たことがないような硬貨ですが、本物ですか?」
 ヴィトールドははっとした。そうだ、この時代は2015年だ。こんな古いお金が流通しているはずはない。
「もちろん、本物ですとも」そう言って、ヴィトールドは店主に金貨を見せた。
「ヘルヴェティア? そんな国、聞いたことないぞ」主人は、ヴィトールドが差し出した金貨をじっと見つめていった。
「スイス=フランです」ヴィトールドが答えた。
「スイス=フラン? この間ニュースに出てたヤツか? ノーノー。そんな物騒なのは受け取れない。せめてユーロにしてくれないとな」主人の顔が険しくなった。「そういえば、昨日の奴らもおかしなことを言ったなぁ。小切手しか持っていないから、って出してきたが、聞いたことがないような銀行でな。『せめてアメリカの銀行だったらいいのに。(クレジット)カードはないのか?』って聞いたら、『ここでは、トランプでも支払いができるのですか?』と聞きやがった」
「でも、本物の金貨ですよ、これ」麗音が言った。「きれいな模様だし、アクセサリーにしてもいいんじゃないかな?」
 そう言うと、麗音はヴィトールドに言った。「我が家では、古くから女の子が生まれると金のメダイを贈る習慣でした。ですが、今では男の子の誕生の時にも作ることになっています。ただし、男の子用には、名前入りではないものを作らせます。やがて、妻となる女性に、我が家の家紋、その女性の名前と、男性の姓を刻んだものを贈るためにね」
 ヴィトールドはびっくりしたように麗音を見た。
「曾祖父のコルネリウスが、曾祖母のシャルロットにプロポーズしたときにそうしたのだそうです。もっとも、ネックレスをプレゼントした曾祖父というのは、祖父の本当の父親ではなく、二度目の父親だったそうですが。祖父は、ヴィトールドという名前の自分の本当の父親のことを覚えていないのですが、新しい父親のことが大好きで、自分もプロポーズの時、祖母に同じことをしたんですって。だから、わたしも、いずれレミに・・・」
 コルネリウス? シャルロット? ヴィトールド?
 ヴィトールドはその話の登場人物名に面食らった。そして、それが偶然の一致ではないと悟った。この人物は、自分の正体を知っているのだ!
 近い将来、シャルロットは自分と結婚するのだ。そして、二人の間に生まれた子どもがまだ幼いうちに二人は別れて、かの女はコルネリウスと再婚する? それが、わたしの未来、彼の過去なのだ。そう言われてみれば、この青年には、どこかシャルロットの面影がある。シャルロットを東洋人男性風にすれば、こんな顔になるだろう・・・。
 主人は麗音をにらみつけた。「まだ、結婚を許可した覚えはない」
「この人は、わたしの運命の人です。父が母の運命の人だったように」レミが言った。「父は、わたしが宍道湖から変なものを拾ってくる、というけど、母も父を宍道湖で見つけたんです。そうよね?」
 主人は小さくため息をついた。
「・・・あのころは、就職難でね。大学を出ても、ちゃんとした仕事に就けなくてね」主人が言った。「本屋で見た<アスキー>を立ち読みしているうちに、プログラマーになったら食べていけるんじゃないかと思ってね、その足で専門学校の門をたたいたんだ」
「そういえば、<週刊アスキー>も、ついに廃刊になるんだってね」男の一人が口を開いた。
「違うよ。紙ベースの<週刊アスキー>がなくなるだけで、電子版になるんだよ」もう一人が言った。
「・・・そのときまで知らなかったんだ。プログラム言語がたくさんあるなんて。それで、どれを選択すると聞かれたとき、<おおブレネリ>という曲を思い出してね。<♪ヤッホー フォートランランラン>ってのがあったな、って。なんか楽しそうだから、それならたぶん覚えられそうだ、と思ってFORTRANにしたんだけど、それが裏目に出ちゃってね」
 三人の男性たちは笑い出した。
「フォートラン、なんて、今どき情報処理試験にも出てこないよ」一人が言った。「せめて、C言語を選ぶべきだったな」
「そもそも、あの歌はそんな歌詞じゃなかった」もう一人が言った。
「それでスイス人を恨むのは、筋違いだと思うな」三人目が言った。
「それでいて、なかなか壮絶な人生だな」最初の男が言った。
「・・・結局、専門学校を出ても、プログラマーにはなれなかった。どの会社を受けても、<経験者に限る>って。今だったら、試しに入社できるシステムもあるのにな。早く生まれすぎたんだな」主人がため息をついた。「・・・で、何社目かの受験に失敗したあと、なぜか宍道湖に来ていた。自殺するんじゃないか、と早合点した女性が、むりやりここに引っ張ってきた。先代の親父さんが作ってくれたウナギがとてもうまくてね、これ以上うまいものがこの世にあるとは知らなかった。気がついたら、こんなところでこんなことをしている。ところが、一粒種の娘も、母親と同じような子で、やたらと宍道湖からいろいろ引っ張ってくる。だが、麗音、一つだけ言っておく。この<大衆食堂>の後継者にならないんだったら、娘は決してやらないからな、覚えておけ」
 麗音はにやりとして答えた。「もちろん、覚えておきますとも。でも、今は、劇に夢中でしてね。やっともらった主役ですから」
「・・・あら、専門のヴィオラはどうしたの? コンクールに出るんじゃなかったの?」
「天才的な腕前だった曾祖父譲りの才能だといわれて、音大にまで入ったけど、演劇の方も捨てがたくてね」
「それにしても、オーディションの種類を選びなさいよ。目に入ったオーディションを受けまくるのもどうかと思うわ」レミがため息交じりにいった。「この前は<レ=ミゼラブル>で、今度は<金色夜叉>でしょう? 一体何がやりたいのかわからない」
「劇が好きなんだ。何か別の人生を演じるのがね」
 そして、彼は、劇の台詞を口にした。
「『来年の今月今夜のこの月を、僕の涙で曇らせてみせる』」
「よっ! 鍛冶屋!」ポーズをとった麗音に、レミがかけ声をかけ、三人組が笑い出した。
 麗音はふっと笑い顔になり、「そのかけ声は変だよ。調子狂っちゃう」と言った。
 三人組の一人が、懐から名刺入れを出し、麗音の前に置いた。
「今度は、ぜひ、うちの会社のオーディションを受けてください。申し遅れましたが、わたしは、ある映画会社の宣伝部長をしております・・・と申します」
 麗音は、その名刺を見て、ぎょっとしたような顔になったが、にっこり笑って名刺を受け取った。
「ありがとうございます。東京に戻ったら、ご挨拶にまいります」そう言って、彼はヴィトールドをちらっと見た。「でも、わたしが本当にヴィオラをやめてしまったら、この人ががっかりするような気がして・・・」
 麗音は、映画会社の営業部長と名乗った男にぺこりと頭を下げ、ヴィトールドの方を向き直った。
「面白そうな劇でしょう? ある男女の物語で、女性の方が、ダイヤモンドに目がくらんで男を捨ててしまうんです。それで、捨てられた男の名台詞がこれです」麗音がヴィトールドに説明した。「季節は今とは違いますけどね。どうです、女性を口説くにはダイヤモンドですよ。やってみてごらんなさい」
 ヴィトールドは怪訝そうな顔をした。「失恋した、って、どうしてわかったんです?」
 麗音が笑った。「そんな顔をしている男性は、失恋した男性と相場が決まっています。ですが、レミにここに連れてこられたのはわたしが先です。だから、あなたにはかの女はわたさない。あなたには、あなたの運命の女性がいるはずです。今すぐかえって、もういちどかの女に言いなさい。自分にはあなたしかいないと。あなたが無事に結婚してくださらないと、わたしたちが困ります。ダイヤモンドをお持ちでない? それじゃ、これをお使いください。曾祖父が曾祖母にプレゼントしたものだそうですが、あなたのお役に立てそうな気がします」
 そして、彼はポケットから小さな指輪を出して、ヴィトールドの手のひらに押しつけた。サファイアの指輪で、それを囲むように小さなダイヤが三粒ついている。
 ヴィトールドが驚いてみていると、彼は金貨をポケットにしまった。「これは、必ずレミに渡します。わたしは、あなたが、今も、これからもわたしたちを見守ってくださると信じます」
  不思議なことに、ヴィトールドは、彼が<天国から>という言葉を省略したことに気づいた。この青年は、どういうわけか彼が曾祖父のヴィトールドだと言うことに気がついたらしい。
「さあ、こんどは、一緒に花見に行きましょう。松江城に桜の花を見に行くんですよ。ライトアップされていて、きれいなはずです。散りかけの桜は美しいですよ。あなたもきっと、桜の花が気に入るでしょう」
 桜? さくらんぼの木を見に行って、何か楽しいことでもあるのだろうか? ヴィトールドはそう思った。
 ドアを開けると、雨がぽつりぽつりと降ってきた。
「麗音。あなたが、あんな芝居をするから、雨が降ってきちゃったじゃない」レミは恨めしそうに空を見た。
「おかしいな? さっきまであんなにいい天気だったのに」麗音もそう言った。
「そこのビニール傘、持ってっていいよ」主人が声をかけた。「108円の100均傘だから、一人用で、相合い傘はできないよ。残念だったな」
「いまどき、<相合い傘>なんて死語だわ」レミが言い返し、その場の全員にビニール傘を手渡した。「・・・あら? どうしてこんなに真っ暗なのかしら? まだ夜になっていないはずなのに?」
 そう言って、かの女は外に出た。つづいて麗音と三人の男性たちが外に出た。彼らは、ヴィトールドが出てくるのを待った。
 しかし、ヴィトールドは出てこなかった。
 レミは、<大衆食堂>と書かれているドアを開け、声をかけた。
「テラさん・・・?」
 カウンターから主人が言った。「テラさんなら、さっき出て行ったじゃないか?」
 レミは慌てて外に出た。そこにいる男性は4人。ヴィトールドの姿は影も形もなかった。
「・・・テラさん?」レミは泣きそうになって声をかけた。
 麗音は辺りを見回し、ヴィトールドが自分の世界に戻っていったのだと悟った。
 彼は、握りしめていた拳を開いた。そこには、曾祖父ヴィトールドが曾祖母シャルロットに贈ったという、あの古い指輪があった。それを確認し、彼はもう一度指輪をぐっと握りしめた。
『がんばれよ、ひいじーさん』麗音はそうつぶやくと、レミに向かってほほえんだ。「大丈夫、テラさんは、家に戻ったんだよ」



 ヴィトールドはドアを開けた。そのとき、懐かしい時計の音がした。
 おかしい。自分はこれからみんなで<花見>にいくはずだったのに、ここは、自宅だ。しかも、目の前には、心配そうに自分を見つめている女性がいる。彼は手のひらを見た。あの指輪は、確かにそこにあった。さっきより新品に見えるが。
 足元がふらつく。<日本酒>とやらを飲み過ぎたらしい。
「お願い、一緒に歩いてちょうだい」女性がじれったそうに言う。
「それは、もしかして、プロポーズしてくれているのか? 光栄なことだ。わたしもあなたと一緒に歩きたい」ヴィトールドはそう答えた。
「そういう意味じゃないわ・・・」シャルロットは泣きそうになっていた。
 不思議だ。この女性は、麗音にそっくりだ。彼が言うとおり、かの女はわたしのプロポーズを受けてくれる気があるらしい。
 ヴィトールドは、シャルロットの目をのぞき込み、ゆっくりとプロポーズの言葉を口にした・・・。
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